2013年05月23日
南西諸島航海記 旅の終わりに
2000年7月24日〜30日 旅の終わりに
夕方、ツアーを終えて帰ってきたタイガさん(柳澤さん)と合流し、固い握手を交わす。実は旅の初日に連絡し、ザックや当面旅にいらないものなどは送らせて頂いていたのだ。石垣島に背負っていったザックを再び目にすると、あの始まりの日には想像もつかなかった数々のドラマが蘇り、胸が熱くなる。
この日の日付でタイガさんの家に美味しいフルーツジュースが届いていた。実は数日前から連絡をとっていた友人が、この日に私が到着をすると見込んで、内緒で送ってくれたのだった。もちろんビールで乾杯だったが、記念にこのジュースもたっぷりとおいしく頂いた。ビール共々染み入る味わいだったことは言うまでもない。
嘉鉄の海岸に上陸。事実上のゴールの瞬間だ。この後台風6号の迷走によって帰る前日まで嘉鉄で缶詰に。加計呂麻島などをゆっくりと周れず、かえって奄美への思いを強くすることになる。
旅から4年後、最初の子どもが生まれる。魂に深く刻まれた南西諸島の紺碧の海の色からとり、「碧 あおい」と名付けた。さらに3年後、ふたりめの誕生。こちらは妻が本などで調べてつけたのだが、気がつけばみつめてきた広大な蒼空のように「蒼大 そうた」となった。碧い蒼い島暮らしとは、まさに彼らとの島での暮らしのことなのである。
2007年、奄美に移住してシーカヤックツアーを始める。この航海をいっしょに乗り越えてきたパートナー、いや自分の一部のようなシーカヤックが染められてた色。水色ともエメラルドとも言えない不思議な色。南洋を漕いできた熱い記憶と、海から教えられた大切なメッセージをいつまでも忘れないという思いを込め、そのカヤックの色をとってGulfblue kayaks(ガルフブルーカヤックス)とした。遠浅の海を漕ぐと、時々水があのカヤックの色と同じGulfblueにそまる。そんなときは旅の記憶がいまでも強く、蘇ってくる。


7月24日、到着日の夕方。
タイガさんと13年前のなにわ食堂で夕飯。うまかったです!

この湾で遊んでいた学生時代。
夢の始まりを懐かしく振り返り、
そして完遂をしみじみと味わう。

タイガさんこと柳澤さんのご自宅にて。
結局この日から1週間も泊めて頂くことに。

7月25日。
タイガさんのカヤックツアーでこられていた方々。
お泊りの渡連まで忘れ物届けに横断。
島渡からすれば大島海峡くらいなんでもない。
台風前の平和で愉快な水遊び。

25日夜から台風6号が急接近。
濃厚な夕焼けの色が荒天を伝えている。

吹き飛ばされる前にカヤックを家の裏に運ぶ。
実に5日間も缶詰。また奄美をゆっくりまわろうと強く思った。
旅の記録 石垣に始まり、奄美で終わった24日間。
漕いだ距離、約630km。
2000年
6月29日 石垣島へ
6月30日 石垣島(登野城)〜西表島(網取)57.41km
7月1日 西表島(網取)〜小浜島 50.00km
7月2日 小浜島〜石垣島(登野城)16.60km
7月3日〜6日 登野城〜白保〜石垣港 27.80km
石垣港〜那覇 フェリーで渡る。
7月8日 那覇〜前島〜渡嘉敷島〜座間味島 45.00km
7月12日 座間味島〜渡名喜島 22.20km
7月13日 渡名喜島〜粟国島 25.50km
7月14日 粟国島〜伊江島 57.40km
7月16日 伊江島〜沖縄本島(辺土名)34.20km
7月17日 辺土名〜奥 23.1km
7月18日 奥〜与論島(茶花)27.7km
7月21日 与論島〜沖永良部島(知名)35.18km
7月22日 知名〜和泊 9.2km
7月23日 沖永良部(和泊)〜徳之島(亀津)55.56km
7月24日 徳之島(亀津)〜奄美大島(嘉鉄)56.48km
4月末から始めた南西諸島航海記。気がつけば一ヶ月に及びました。もうすぐ奄美の若者、白畑瞬君が、結人プロジェクトとして沖縄の奥から奄美まで、カヌーで渡る挑戦にでます。思えば彼が僕を訪ねてくれたからこそ蘇った13年前の記録でした。白畑くんもきっと碧い蒼い海と空に身も心も染まり、最高の旅をしてくることでしょう。この記録が、海の旅をする人々を勇気づけ、安全判断の選択肢をひつとでも増やす助けになることを願い、ここに南西諸島航海記の終わりを宣言いたします。
ながいながいブログとなりましたが、お付き合いいただき誠にありがとうございました。また急に思い出したように、断片的に外伝のようなものが出てくる可能性大ですが、ひとまずのんびりブログにもどります。それではまた日常ブログにてお会いいたしましょう。ごきげんよう。
2013年5月23日 自宅にて
夕方、ツアーを終えて帰ってきたタイガさん(柳澤さん)と合流し、固い握手を交わす。実は旅の初日に連絡し、ザックや当面旅にいらないものなどは送らせて頂いていたのだ。石垣島に背負っていったザックを再び目にすると、あの始まりの日には想像もつかなかった数々のドラマが蘇り、胸が熱くなる。
この日の日付でタイガさんの家に美味しいフルーツジュースが届いていた。実は数日前から連絡をとっていた友人が、この日に私が到着をすると見込んで、内緒で送ってくれたのだった。もちろんビールで乾杯だったが、記念にこのジュースもたっぷりとおいしく頂いた。ビール共々染み入る味わいだったことは言うまでもない。

旅から4年後、最初の子どもが生まれる。魂に深く刻まれた南西諸島の紺碧の海の色からとり、「碧 あおい」と名付けた。さらに3年後、ふたりめの誕生。こちらは妻が本などで調べてつけたのだが、気がつけばみつめてきた広大な蒼空のように「蒼大 そうた」となった。碧い蒼い島暮らしとは、まさに彼らとの島での暮らしのことなのである。
2007年、奄美に移住してシーカヤックツアーを始める。この航海をいっしょに乗り越えてきたパートナー、いや自分の一部のようなシーカヤックが染められてた色。水色ともエメラルドとも言えない不思議な色。南洋を漕いできた熱い記憶と、海から教えられた大切なメッセージをいつまでも忘れないという思いを込め、そのカヤックの色をとってGulfblue kayaks(ガルフブルーカヤックス)とした。遠浅の海を漕ぐと、時々水があのカヤックの色と同じGulfblueにそまる。そんなときは旅の記憶がいまでも強く、蘇ってくる。


7月24日、到着日の夕方。
タイガさんと13年前のなにわ食堂で夕飯。うまかったです!

この湾で遊んでいた学生時代。
夢の始まりを懐かしく振り返り、
そして完遂をしみじみと味わう。

タイガさんこと柳澤さんのご自宅にて。
結局この日から1週間も泊めて頂くことに。

7月25日。
タイガさんのカヤックツアーでこられていた方々。
お泊りの渡連まで忘れ物届けに横断。
島渡からすれば大島海峡くらいなんでもない。
台風前の平和で愉快な水遊び。

25日夜から台風6号が急接近。
濃厚な夕焼けの色が荒天を伝えている。

吹き飛ばされる前にカヤックを家の裏に運ぶ。
実に5日間も缶詰。また奄美をゆっくりまわろうと強く思った。
旅の記録 石垣に始まり、奄美で終わった24日間。
漕いだ距離、約630km。
2000年
6月29日 石垣島へ
6月30日 石垣島(登野城)〜西表島(網取)57.41km
7月1日 西表島(網取)〜小浜島 50.00km
7月2日 小浜島〜石垣島(登野城)16.60km
7月3日〜6日 登野城〜白保〜石垣港 27.80km
石垣港〜那覇 フェリーで渡る。
7月8日 那覇〜前島〜渡嘉敷島〜座間味島 45.00km
7月12日 座間味島〜渡名喜島 22.20km
7月13日 渡名喜島〜粟国島 25.50km
7月14日 粟国島〜伊江島 57.40km
7月16日 伊江島〜沖縄本島(辺土名)34.20km
7月17日 辺土名〜奥 23.1km
7月18日 奥〜与論島(茶花)27.7km
7月21日 与論島〜沖永良部島(知名)35.18km
7月22日 知名〜和泊 9.2km
7月23日 沖永良部(和泊)〜徳之島(亀津)55.56km
7月24日 徳之島(亀津)〜奄美大島(嘉鉄)56.48km
4月末から始めた南西諸島航海記。気がつけば一ヶ月に及びました。もうすぐ奄美の若者、白畑瞬君が、結人プロジェクトとして沖縄の奥から奄美まで、カヌーで渡る挑戦にでます。思えば彼が僕を訪ねてくれたからこそ蘇った13年前の記録でした。白畑くんもきっと碧い蒼い海と空に身も心も染まり、最高の旅をしてくることでしょう。この記録が、海の旅をする人々を勇気づけ、安全判断の選択肢をひつとでも増やす助けになることを願い、ここに南西諸島航海記の終わりを宣言いたします。
ながいながいブログとなりましたが、お付き合いいただき誠にありがとうございました。また急に思い出したように、断片的に外伝のようなものが出てくる可能性大ですが、ひとまずのんびりブログにもどります。それではまた日常ブログにてお会いいたしましょう。ごきげんよう。
2013年5月23日 自宅にて
この記事へのコメント
長谷川さん
とてもとても勉強になりました。
去年シーカヤックマラソンで失格になって
落ち込んでいた僕に話してくれたところから
僕の旅は始まっていたのかもしれません。
来月長谷川さんが渡った海を漕げることを嬉しく思います。
とてもとても勉強になりました。
去年シーカヤックマラソンで失格になって
落ち込んでいた僕に話してくれたところから
僕の旅は始まっていたのかもしれません。
来月長谷川さんが渡った海を漕げることを嬉しく思います。
Posted by 結人プロジェクト
at 2013年05月23日 18:19

瞬へ
おお、長いブログ読んでくれたみたいだね。ありがとう。
何も島の人々とつながりがなかった俺の旅でも、これだけのドラマがあった。瞬のように島々の人達と繋がっていく旅は、きっとまた違う素晴らしさを生み、俺ではできなかった成果をつくるだろうね。海を渡るスピリットは忘れているだけで、島の人達はきっともっている。みんな燃えてくるだろうね! どんな影響が生まれるか楽しみだ。
明日から東京へいって神社へ行けないけど、断食頑張って。
無事で、だけど時々ちょっと冒険して、最高に素晴らしい旅になることを祈っているよ!
長谷川
おお、長いブログ読んでくれたみたいだね。ありがとう。
何も島の人々とつながりがなかった俺の旅でも、これだけのドラマがあった。瞬のように島々の人達と繋がっていく旅は、きっとまた違う素晴らしさを生み、俺ではできなかった成果をつくるだろうね。海を渡るスピリットは忘れているだけで、島の人達はきっともっている。みんな燃えてくるだろうね! どんな影響が生まれるか楽しみだ。
明日から東京へいって神社へ行けないけど、断食頑張って。
無事で、だけど時々ちょっと冒険して、最高に素晴らしい旅になることを祈っているよ!
長谷川
Posted by gon at 2013年05月23日 19:57