2013年05月16日
南西諸島航海記 与論島でしばし休養
2000年7月19日〜21日
与論島で停滞
<熱発し民宿にかけこむ>
港の横の浜だったので、リーフでの座礁の心配なく海岸に上陸。重い体に鞭打ってカヤックを引き上げる。調理する気力もなかったので、港近くの郷土料理屋にて昼食。ひとまず落ち着く。海岸にもどってから、体温計で熱を計る(用心で救急パックにいれてきた)。すると38度近い熱があった。ここで一気に疲れがでたようだ。おまけに左足がおかしい。歩くだけで痛い。むくんでいるのだろう。普通大人の足は血管や筋が多少は浮き出ているが、まるで赤ちゃんの足のようにぷっくり膨らんでいる。5mmくらい押してへこますことができた。ああ、もう異常だ。無理せず何処かに泊まろうと決意。「南海荘」という民宿にお世話になることに。


お世話になった南海荘。いまも健在です。
<与論病院にて医師に失望する>
念のため宿のおばさんに病院を教えてもらい、痛い足を引きずりながら歩いて行く。与論病院だ。いまは与論徳洲会病院。??。前からだったか後から徳州会になったかはっきりしない。そこで医師に腫れた左足を見せ、体の症状を説明。が、診断は「ただの日焼け」だった。はあ??。日焼け?。それはないでしょ、いくらなんでも。だって足は一日中カヤックの中。もし日焼けなら右足ももっと異常があるはず。右足はなんともない。それに顔や上半身のほうが海上ではるかに日に晒されているのだ。よりによって日焼けですか。疑問をぶつけると「いや、この前もそういう方がいましたから」と、また日焼け論を固持。もうあきれて何も言えない。「とりあえず冷やすクリーム、出しておきます」。……。
この人に何を聞いてもだめだと思い、腑に落ちない気分で病院を後にした。那覇の居酒屋で、マスターのおっちゃんが言っていた言葉を思い出す。「医者に命をあずけちゃいかん」。まったくこの時はしみじみ同感だった。
<海に行く者はお酢をもて>
夜、宿でおばちゃんに足をみせ、症状を話してみたら「それは海の生き物の毒」にやられた症状ではないかということだった。そしてお酢をかけてくれた。昔から海にいくものはお酢を必ずもっていくのだという。私は、おばちゃんの言葉の方がはるかにこの状態を理解してくれていると感じ、感激。日焼けなわけがない。海がわからないい医師より、海を知る民宿のおばちゃんの方が格段に心強い。
そして那覇の大城さんにも連絡。すると「ウンバチイソギンチャク」にさされたものではないかと、これまたかなり重要なコメント。浅いリーフのなか(沖縄ではイノーという)などにいて、そんなところを歩いていると、たまにやられるそうだ。大城さんも以前にさされ、散々な痛みを味わったらしい。浅いリーフ…。心当たりがある。そういえば、奥のビーチで泳ぐ時、ドロップオフまで浅いリーフを歩いた。フィンを履いていると倒れそうなので、素足でリーフの中を歩いていたのだ。その深さはふくらはぎの真ん中程度。よくみると確かに左足のくるぶし辺りに、赤い腫れ物のようなものがある。さされた後だろうか。

容疑者のウンバチイソギンチャクさん。
こんなの足元にいてもわかりません。
「もしも酷くなるようなら、迎えに行くからフェリーで那覇まで移動して、海洋危険生物専門医のところへ連れて行く」とまで言ってくれた。実は辺土名で会った時、大城さんは友人を連れていた。その人は日本でもトップクラスの、海洋危険生物専門医の助手なのだという。そして医師の直通の電話番号まで教えてもらった。まったく頼もしい先輩の手本のような人だ。頭がさがる以外に言葉がみつからない。


美しい与論島。思い返すと懐かしいできごとだ。
こうして与論島でたっぷりと休養をとる。栄養のある海鮮料理を頂き、安眠できる畳と布団で眠ってみるみるうちに回復。やがて左足も筋や血管が見えるほど通常に近い状態になった。停滞3日目の夕方、もうカヤックのペダルを踏んでも痛みが殆ど無いので、天気もよく翌日には出港することに。お世話になった南海荘のおじさんとおばさん、そして遠方から暖かいサポートをしてくれた大城さんに心から感謝。お酢も装備に入れる。無防備にリーフ内を歩かないことも肝に銘じる。
<要注意!!>
今振り返れば実は怖いことをしていた。ウンバチイソギンチャクにやられたときはお酢をかけてはいけないのだ。お酢がきくのはハブクラゲなど、アンドンクラゲ科とよばれるもの。ウンバチイソギンチャクにさされて刺胞が患部に残っている場合、お酢でかえって毒の発射を促してしまうから禁物なのである。水で洗い、それこそ専門医に刺胞をとって貰う必要があるとのこと。あのときお酢をかけても問題がなかったのは、非常に軽い触れ方をして、刺胞がさされた場所に残っていなかったか、もしくは単に重度の疲労による症状だったかだと思う。
さあ、次は沖永良部島が待っている。
与論島で停滞
<熱発し民宿にかけこむ>
港の横の浜だったので、リーフでの座礁の心配なく海岸に上陸。重い体に鞭打ってカヤックを引き上げる。調理する気力もなかったので、港近くの郷土料理屋にて昼食。ひとまず落ち着く。海岸にもどってから、体温計で熱を計る(用心で救急パックにいれてきた)。すると38度近い熱があった。ここで一気に疲れがでたようだ。おまけに左足がおかしい。歩くだけで痛い。むくんでいるのだろう。普通大人の足は血管や筋が多少は浮き出ているが、まるで赤ちゃんの足のようにぷっくり膨らんでいる。5mmくらい押してへこますことができた。ああ、もう異常だ。無理せず何処かに泊まろうと決意。「南海荘」という民宿にお世話になることに。


お世話になった南海荘。いまも健在です。
<与論病院にて医師に失望する>
念のため宿のおばさんに病院を教えてもらい、痛い足を引きずりながら歩いて行く。与論病院だ。いまは与論徳洲会病院。??。前からだったか後から徳州会になったかはっきりしない。そこで医師に腫れた左足を見せ、体の症状を説明。が、診断は「ただの日焼け」だった。はあ??。日焼け?。それはないでしょ、いくらなんでも。だって足は一日中カヤックの中。もし日焼けなら右足ももっと異常があるはず。右足はなんともない。それに顔や上半身のほうが海上ではるかに日に晒されているのだ。よりによって日焼けですか。疑問をぶつけると「いや、この前もそういう方がいましたから」と、また日焼け論を固持。もうあきれて何も言えない。「とりあえず冷やすクリーム、出しておきます」。……。
この人に何を聞いてもだめだと思い、腑に落ちない気分で病院を後にした。那覇の居酒屋で、マスターのおっちゃんが言っていた言葉を思い出す。「医者に命をあずけちゃいかん」。まったくこの時はしみじみ同感だった。
<海に行く者はお酢をもて>
夜、宿でおばちゃんに足をみせ、症状を話してみたら「それは海の生き物の毒」にやられた症状ではないかということだった。そしてお酢をかけてくれた。昔から海にいくものはお酢を必ずもっていくのだという。私は、おばちゃんの言葉の方がはるかにこの状態を理解してくれていると感じ、感激。日焼けなわけがない。海がわからないい医師より、海を知る民宿のおばちゃんの方が格段に心強い。
そして那覇の大城さんにも連絡。すると「ウンバチイソギンチャク」にさされたものではないかと、これまたかなり重要なコメント。浅いリーフのなか(沖縄ではイノーという)などにいて、そんなところを歩いていると、たまにやられるそうだ。大城さんも以前にさされ、散々な痛みを味わったらしい。浅いリーフ…。心当たりがある。そういえば、奥のビーチで泳ぐ時、ドロップオフまで浅いリーフを歩いた。フィンを履いていると倒れそうなので、素足でリーフの中を歩いていたのだ。その深さはふくらはぎの真ん中程度。よくみると確かに左足のくるぶし辺りに、赤い腫れ物のようなものがある。さされた後だろうか。

容疑者のウンバチイソギンチャクさん。
こんなの足元にいてもわかりません。
「もしも酷くなるようなら、迎えに行くからフェリーで那覇まで移動して、海洋危険生物専門医のところへ連れて行く」とまで言ってくれた。実は辺土名で会った時、大城さんは友人を連れていた。その人は日本でもトップクラスの、海洋危険生物専門医の助手なのだという。そして医師の直通の電話番号まで教えてもらった。まったく頼もしい先輩の手本のような人だ。頭がさがる以外に言葉がみつからない。


美しい与論島。思い返すと懐かしいできごとだ。
こうして与論島でたっぷりと休養をとる。栄養のある海鮮料理を頂き、安眠できる畳と布団で眠ってみるみるうちに回復。やがて左足も筋や血管が見えるほど通常に近い状態になった。停滞3日目の夕方、もうカヤックのペダルを踏んでも痛みが殆ど無いので、天気もよく翌日には出港することに。お世話になった南海荘のおじさんとおばさん、そして遠方から暖かいサポートをしてくれた大城さんに心から感謝。お酢も装備に入れる。無防備にリーフ内を歩かないことも肝に銘じる。
<要注意!!>
今振り返れば実は怖いことをしていた。ウンバチイソギンチャクにやられたときはお酢をかけてはいけないのだ。お酢がきくのはハブクラゲなど、アンドンクラゲ科とよばれるもの。ウンバチイソギンチャクにさされて刺胞が患部に残っている場合、お酢でかえって毒の発射を促してしまうから禁物なのである。水で洗い、それこそ専門医に刺胞をとって貰う必要があるとのこと。あのときお酢をかけても問題がなかったのは、非常に軽い触れ方をして、刺胞がさされた場所に残っていなかったか、もしくは単に重度の疲労による症状だったかだと思う。
さあ、次は沖永良部島が待っている。
この記事へのコメント
大変でしたね
私も子供の頃ガンガゼ(ウニの仲間)にやられました
幸い父の手当てで大丈夫でしたが



Posted by 小顔 at 2013年05月16日 10:36
小顔さん
こんにちは。ガンガゼですか。それも痛いですね。実は僕もやられたことあります。
しかし見事に風船のような足でした。すねまで腫れ上がり、2日目には弁慶の泣きどころも1cmくらい押せるくらいでした。
こんにちは。ガンガゼですか。それも痛いですね。実は僕もやられたことあります。
しかし見事に風船のような足でした。すねまで腫れ上がり、2日目には弁慶の泣きどころも1cmくらい押せるくらいでした。
Posted by gon at 2013年05月17日 14:48