2013年04月21日
南西諸島航海記 生死の境から生還
この日、私はシーカヤック人生を通し、いや、全人生を通し、もっとも命の危険を冒した。状況を思い出せば出すほど、なぜいま生きているのだろうと不思議でならない。何かが、まだ生きろといっているとしか思えなかった。以下、当時の状況をできるだけ思い出しての回想である。 ちょっと長くなりますが、こんな失敗をしないでほしいため、あえて書かせていただきました。気長にお読みくださいませ。
2000年7月6日 白保〜石垣港へ
天気予報曰く 晴れ 東の風強く 波の高さ 3mのち4m
台風接近につれ、この日はこんな天気予報だった。このままぐずぐずしていれば3日間はさらに停滞。外でキャンプもできない。また、那覇で関東からやってくる友人達と合流する予定などもあり、スケジュール的な焦りもあった。この日でなければ…。
そして民宿の親方、仲良くなった宿泊仲間に心配されながら見送られ、私は台風のうねりで荒れ狂う白保の海に漕ぎだした。

<胸騒ぎの船出>
かつてエコマリン東京というシーカヤックショップにいた頃、師匠のトレーニングで静岡の駿河湾を50km横断したことがあった。強風波浪注意報、駿河湾フェリー欠航。西風強し。うねりは3mほど。追い風のサーフィンだ。湾の中程では丘のようなうねりだった。そこを5人の強者パドラーで漕いだ。何度も転覆しては水深2000mの青い宇宙のような海中をみつめ、ときおりエンジンがついたかのようにカヤックは飛んでいく風の中。暗くなって月明かりを頼りに対岸へたどり着いた。また、休みの度に千葉の九十九里海岸へ行き、オーバーヘッドの波をシーカヤックでのって鍛えてきた。こんな経験があっただけに自信があった。白保から石垣港へ向かうには追い風。ぐんぐん進んでいくはず。だが、地の利を知らない南西諸島。重大な誤算をしていたのだ。駿河湾にはリーフはない。ここ、石垣島は、リーフが広がっている。波はその際で激しく崩れて打ちつけているのだ。

<無視してしまった警告>
民宿まえさとのひでぼうに、「ええやつだったのお」と後で言われんにせいよと釘を刺された。何度も「大丈夫だな?」ときかれたが、自信があったので「はい!」と威勢よく答えて海に躍り出た。リーフ内は勢いよく追い風にのって進む。だがやがて、リーフの切れ目を抜けることになる。激しい白波が崩れている。まるで不意打ちのように一発、大きな波が突然叩き付け、カヤックのデッキを洗った。気がつくと、大切な防水ライトが流されていた。このとき嫌な予感がしたのだ。だが、かまわず進み続け、リーフの外へでることができてしまった。
出てしまえば、風は強いが大きなうねりだけ。背にうけてどんどん進んでいく。快調に石垣港方面にすすんだ。曇り空で海はダークブルーに染まり、巨大な谷と山が交互に後方から来てはすぎていく。激しい突風に耐えながら、漕いでいた。しかしどこかでリーフの中に入らなければ、永遠に海の上だ。港への入り口は深い水路で、入れるはずだった。だが、それさえも見分けられないほど、海は時化てしまっていた。そんな中にでてしまった。もうこの時点で、致命的な失敗だったのだ。
<決死の突入 縦になった5mのカヤック>
どれくらい時間がたったか。海はますます荒れ狂ってきた。進入路がわからないなら、どこかから崩れる波の中へ進入しなければならない。そして、もはや引き返すこともできない状況だった。岸の方へ向くと、波が激しく白く崩れている。高さ、音、いずれも師匠につれられていった九十九海岸の比ではなかった。ブレークするリーフ際に近づくにつれ、だんだん体が震え、怯えだした。体が危険を感じるのだ。もはや技術があるないを超えた世界に来てしまったことを悟ったが、もう進むしかなかった。私は自分を、やってきたあらゆる訓練を信じて進んでいった。サーフランディング。追いつく波を先に行かせ、その背を追う。それを試みた。だがうねりは、崩れる地点で、その倍近い大きさになっていた。そしていよいよ最終ラインを突破しようというとき、わたしはその波を先に行かせるため、後ろに漕いだ。だが台風のうねりのパワーとスピードの前に、そんなものは無意味だった。5m40cmのカヤックあっという間に90度に近い角度で前方に縦に持ち上がり、カヤックの後ろ端よりも高く、白く崩れる波が襲ってきたのだ。

台風のうねりは凄まじいパワー。
まさにこんな波にシーカヤックで
つっこんでいってしまった。
<神を信じるしかなかった>
一瞬、凄まじく加速したカヤック。左右に、頭上を越える白い砕け波が見えたとたん、反射的に自分からカヤックを転覆させた。縦に折れること、パドルが折れることをかばったのだ。次の瞬間、首と腕が体からもぎ取られるような激しい渦にまかれ、何度も回転した。洗濯機の脱水の回転の中というとわかるだろうか。真っ暗ななか、轟音と凄まじい水の力、そして痛みを感じ、ただ「神様!!!!」とだけ心が叫んでいた。握っていたパドルはものすごい力に引きはがされ、ただ万歳のポーズ以外できない。もう死んでもおかしくなかった。
<奇跡的なリーフイン>
気がつくとゆっくりとした水の流れになり、カヤックの下に青空が見えた。下に…? そして時々白い崩れ波が青空を覆い隠しては去っていく。そう、転覆してぶら下がっている状態で意識がはっきりしたのだ。とっさにカヤックからはい出して水面に顔をだす。再び波にもまれる。どうやらリーフの中にはいったようだった。カヤックの上にくくりつけていたものはほとんどない。みると10mほど遠くに浮かんでおり、みな勢いよくながされ、離れていく。奇跡的に携帯電話の防水ケースだけは目の前に浮かんでおり、すかさず拾う。岸まで200mほどの地点だった。私は再び水中に潜ってカヤックの座席に入り込み、パドルで起こすエスキモーロールを試みた。だが水がいっぱい入っているうえに、まだ波が絶え間なく打ちつけている。おまけにパニック状態という状況で何度も失敗し、次第に体力は失われていく。やがてあきらめ、カヤックを引っぱり、岸まで泳ぎ始めた。
消耗しきった体で泳ぎ続けていく。めがけていた場所からどんどん横に流されていく。リーフ内の潮も川のようだった。すこしづつ足がつき始めたとたん、助かったと感じた。そして歩いてカヤックを引けるようになり、無人の白い砂浜に引き上げた……。沖をみると、いま超えてきた波がうなりをあげて崩れている。

無傷であれをこえてきたのだ。とたんに腰が崩れ落ちた。腰が抜けたのだろう。そして、助かった安堵のあまり、涙があふれてきた。無人の浜をいいことに、すすり泣いていた。いい年して大人が声を上げて泣いた。自分は驕っていた。そして海を甘く見ていた。心底反省した。そして神に、驕った鼻を折られ、同時に命あって岸にあげられたことを感謝せずにはいられなかった。もう立つ気力もなかった。
白保と石垣港の中間地点でのことである。
この記事へのコメント
おおー!早くつづきが読みたいです。同時に瞬が心配になってきました。
Posted by yamato at 2013年04月21日 09:15
無事に生還されてよかったですね。
あたためて、自然の厳しさを実感しました。
自分もロールができる事に、技を過信せず、海に出る時の決断を大事にしようと思いました。
あたためて、自然の厳しさを実感しました。
自分もロールができる事に、技を過信せず、海に出る時の決断を大事にしようと思いました。
Posted by コバシー at 2013年04月21日 14:55
yamatoさん、 コバシーさん、コメントありがとうございます。パソコンで打ちながら、頭上から波が崩れてくるかのような記憶の再生でした。人間の知識や技術なんて、あるところから先は全く意味をなさないことを痛感しました。大切な体験です。
gon
gon
Posted by gon
at 2013年04月21日 22:43

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